普段生きていると、

大体こういうもんかな

という、常識というか相場みたいなものが出来上がってくると思います。
気付くといつの間にか、

大体こんなもんだから、こうしようとか
普通はこうだから、こうしておこうとか

そうやって、物事の判断を決定してしまうようになっていることって結構あります。

20代で結婚して子供生んで、30代で家を買って。
それが当たり前だからする。

みたいなことは分かりやすい例ですよね。

(もちろん、自分の意志で意味があってやってる人もいますから、そういったことの全てがそうという意味ではありません。あくまでも例えということなのであしからず。)

自分で決めているようで、実は自分で決めていない。
ワクワクしているようで、ワクワクさせられているだけ。

みたいなことって、振り返ると結構あります。
自分たちにもそういうこと、大いにありました。

さて、視点を変えてもうちょっと身近な一例。

とあるレストランに友人とランチをしに行った時
その友人がハンバーグステーキを頼んだとします。

自分も本当はハンバーグステーキを頼みたかったけれど、
友人が頼んだから、自分はパスタにしておこうかな

とパスタを注文する。
みたいなことも、結構経験あるんじゃないでしょうか。

いやいや、食べたいモノ食べようよ!

って今なら言えるんですが、私も昔はそのクチでした。

似たような例で、我々の場合に当てはまるのは、

誰もやっていないことをやりたい

という性格上の思いが結構強くありまして、

それをやろうとして色々調べていたら、すでに他の誰かがやっていて
やる気をなくす

みたいなことがまぁ多々ありました。
(てか、今でもまだあります(笑))

これまで挙げてきたようなことって、

基準が完全に「自分以外」になってしまっている。

じゃなくて、自分がワクワクするならそれを選びたい。

もっと言うと、自分以外の何か(情報)に触れた時に、
別の選択を取ってしまうようなことではなく、

自分以外の何か(情報)に触れた時でも、
やっぱり自分はそれが良いんだ!

と思えるようなワクワクすることやっていきたい。

そう思っています。

あとは、今はお金がないから安いのにしておこう的なのもそうです。
どうせ安いのを選ぶなら、

今はこれが食べたいけど、家のDIYリノベの材料を買うのに1万円必要だから、
節約のために1千円安いこっちにしておこう。

という気持ちで、全力で安いのを選びたいなと。

今は、本当に余計な情報が今は多いですからね。

惑わされないで、自分を大事にする。
惑わされないほどに大事なものをやる。

自分を軸に、人の目や世間の常識を気にしないで、
心から良いと思うことを選択していく。

そんな姿を想像して、
家族共々、ワクワクしています(笑)

葛藤はあったっていいから、
いつの時もワクワクできるものを選んで、
これからもワクワクしていきます。

>>次は 今できることを精一杯楽しむ